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　宮崎駿監督の人気漫画『風の谷のナウシカ』は男女問わず、世代を問わず、多くの読者を獲得しています。文筆家・作家の鈴木涼美さんは、著書『娼婦（しょうふ）の本棚』（中公新書ラクレ）で漫画版の『ナウシカ』を愛読した時期があると明かしています。なぜ、どこにひかれたのか。「夜の世界」を知る鈴木さんは、汚濁にまみれた複雑な世界観や物語の重要な脇役クシャナの魅力を挙げます。人生の転機に「生きる指針」になった、と振り返る鈴木さんのナウシカ論をお読みください。

どこか遠い世界の人物に思えたナウシカ

　――鈴木さんは、どんな経緯で『風の谷のナウシカ』の作品世界に触れたのでしょうか。

　私のような30代にとっても、宮崎監督のアニメ「ナウシカ」や「となりのトトロ」は、観（み）たことがない人がいないくらい有名な作品です。漫画『ナウシカ』を読んだことがある人も多いと思います。ただ、私の場合、子どもの頃に観たアニメ「ナウシカ」にはそれほど興味を持ちませんでした。子ども心に作品全体のメッセージがシンプルでお説教くさく、きれいに終わりすぎているという印象でした。愚かな人間たちが環境汚染を引き起こしたので、それを浄化・再生しようと頑張ったら奇跡的にうまくいった、という分かりやすいエコロジー思想にもとづく単純なハッピーエンドの物語に見えました。今で言うSDGs（持続可能な開発目標）のように「環境問題は大事なので毎日の暮らしに気をつけましょう」と説教されているみたい。

　環境保護は大事な社会問題ですが、あこがれたりわくわくしたりする話ではない。都会の汚濁にまみれた世界に心ひかれ始めていた思春期の私にとって、自己犠牲の精神にあふれ、汚い世界の中でも気高く清らかな存在として振る舞うヒロインであるナウシカは、どこか遠い世界の人物に思えました。だから、漫画『ナウシカ』を手に取ったのは、だいぶ後になってのことでした。

　『ベルセルク』や『進撃の巨人』といったファンタジー漫画好きのいとこに「ナウシカは漫画版が面白い」と教えてもらったのがきっかけです。ちょうど汚濁にまみれた繁華街の「夜の世界」に足を踏み入れて、そこに少し疲労感や倦怠（けんたい）感を覚え始めた時期でした。

　アニメ版とは違って、漫画版は物語の結末が単純なハッピーエンドではない。ナウシカは最後に、どこをどう見ても救いがないほど汚れ、人類が滅亡してしまうかもしれないたそがれの世界だと知りながら、それでもこの世界で生きていくと決意します。物語が展開されるときの世界観や登場人物たちの対立軸もより複雑になっており、敵味方や善悪の違いがはっきりしない。当時の自分の置かれた境遇に近い物語だと感じました。

　だって、現実はそう簡単に白…